酔眼漂流読書日記

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Digital phenotype

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 Photo by Ryan Stone on Unsplash

"Digital phenotype" (デジタル・フェノタイプ)という言葉を見かけたのですが、まだ一般的な言葉ではないかもしれません。

実際 "digital phenotype" で Google 検索をかけても 1万2300件しかみつからないのでまだまだですね。それでも医学系の記事レベルでは増え始めているようです。

ということで、以下垂れ流し的メモ書き。

日本語では、おそらく以下のような記事に現れる「デジタル表現型」が対応していると思いますが、「デジタル表現型」そのものがどのようなものかを日本語で解説している記事はネット上にはあまりないようです。

そこで Wikipedia をのぞいてみると、一応 "Digital phenotyping" という項目が用意されています。

Digital phenotyping - Wikipedia

エントリが最初に書かれたのは2017年のようです。

冒頭には以下のように書いてあります

Digital phenotyping is a multidisciplinary field of science, defined by Jukka-Pekka Onnela in 2015 as the “moment-by-moment quantification of the individual-level human phenotype in situ using data from personal digital devices,” in particular smartphones.[1][2][3] The data can be divided into two subgroups, called active data and passive data, where the former refers to data that requires active input from the users to be generated, whereas passive data, such as sensor data and phone usage patterns, are collected without requiring any active participation from the user.

これによれば2015年に Jukka-Pekka Onnela という人が提唱した概念で、「パーソナルデバイス(特にスマートフォン)から得られるデータを使って、刻々と推移する個人レベルの『表現型』を定量化すること」。

と書いてあるのですが、この説明も、もやもやしますね。もともと「phenotype=表現型」という言葉は遺伝学上の用語で、「遺伝子の形質が目に見える形で現れたもの」という意味です。たとえば遺伝に由来する目の色とか、背の高さはそれぞれの遺伝子の「表現型」です。

この表現型(phenotype)という言葉を、デジタルデバイスを用いて計測する行為と組み合わせて digital + phenotype + ing と動名詞化しているということですね。

従来の phenotype が、時間的にあまり変化しない属性を相手にしていたのに対して、この「digital phenotype」は、刻々と変化する人間の状態全体を相手にしているように見えます。つまり必ずしも遺伝子との強い対応を意味していないようです。

この辺の医学関係の論文をのぞいてみると ...

pepsic.bvsalud.org

「デジタル・フェノタイプとは人間とデジタル機器のやりとりであり、それを観察する(digital phenotyping)ことによって、これまでにない診断の可能性が開ける」。

といったようなことも書いてあります。

なお上の論文では、digital phenotype のオリジナルを WIkipedia とは違って

Jain, S. H., Powers, B. W., Hawkins, J. B., & Brownstein, J. S. (2015). The digital phenotype. Nature biotechnology, 33(5),462-463. doi:10.1038/nbt.3223 

だとしていますね。このブログは学術論文ではないので、中身をここでは掘り下げませんが、いずれにせよ 2015年頃から提唱され始めた概念のようです。

このように「デジタル機器を用いて人間から意識的あるいは無意識的に集められたデータを使って、人間の状態を判断する補助的材料にする行為」全体を "digital phenotyping" と呼ぶようになって来ているようですが、一般用語というよりはまだ一部の医療の文脈で使われている用語のようです。

ただ、人間の健康状態をモニターし続けて、早い段階で異常を発見できるようにしたいという需要は常に存在しています。Wikipedia ではスマートフォンが前面に出されていますが、いまならウェアラブルバイス(スマートウォッチ)などを含めない理由はないように思います。

逆に言えばウェアラブルバイスが浸透するに従って、「digital phenotype」という言葉もより一般的になって行くと思います。そのとき訳語として何が採用されるかはわかりませんが、数例見つかる

「デジタル表現型」

というのは少し座りが悪いような気がします。むしろ

「デジタル・フェノタイプ」

の方が定着するかもしれません。

実際以下のような専門家向けの記事も出ていますし ...

aitimes.media

まあこの記事(2020年9月17日)でも「デジタルフェノタイピングは有望だが、研究手法もまだ定まっていないこれからの手法」として紹介されています。

とはいえこの技術が進む先には「優しい監視社会」そのものが待ち受けているような気もします。たとえば、ある種のバイオマーカーから「このひとは心理的に不安定になっている」ということが判定されて、歩いていく先々の監視カメラの解像度が上がって次々とサーバーに送られ詳細な解析が行われる世界 ... 個人の健康と社会の安全とのせめぎ合いの中で、私たちはそれをどう受け入れるべきでしょうか。