酔眼漂流読書日記

本と音楽と酒場と言葉

not simple

not simple (IKKIコミックス)

not simple (IKKIコミックス)

その描く絵自身に力があり、何度読み返しても新たな発見があるようなコミック作家がいます。以前ご紹介した「夕凪の街 桜の国 (アクションコミックス)」のこうの史代や、「東京命日」の島田虎之介など、プロットを紹介しても何も紹介したことにならない作家たち。単に映画化(実写化)してもその世界を描ききれないような作品を生み出す人々。
オノナツメが描き出すのもそのような世界です。
単純であるべき「親子」の愛情さえもが、捻れて現れるこの作品世界では、安易に寄りかかれる場所と価値観を読者は奪われたまま読みすすまなければなりません。まず最初に起きた「できごと」が描写され(それだけでもインパクトがありますが)、そこに至る各登場人物のたちの軌跡が過去に遡って描かれていきます。

なお物語にハッピーエンドを求める方にはおすすめできません。まあそもそも物語の冒頭で起こるべき表層的な悲劇は提示されるのですが、物語が展開されるにつれて、それが多重の意味を背負った悲劇であることがだんだんと明らかになっていくのです。

ありとあらゆる人生の機微が詰め込まれ、それでいて寡黙な世界 - "not simple" が読者にもたらすのはそのような世界です。