酔眼漂流読書日記

本と音楽と酒場と言葉

パリ左岸のピアノ工房

パリ左岸のピアノ工房 (新潮クレスト・ブックス)

パリ左岸のピアノ工房 (新潮クレスト・ブックス)

パリを東西に横切るセーヌ川の南側は、流れる方向に向かって左側なので「左岸」と呼ばれます。その左岸の学生の街カルチェ・ラタンにほどちかく、音楽学校などからは離れた静かな界隈に、小さなピアノ部品の店があることを、アメリカ人の著者は通りがかりに気が付きます。
アメリカ人らしい好奇心の持ち主の著者は、中古ピアノを探している振りをして、この店をのぞいて見ますが、店の主人にはすげなくされるだけで、なかなか相手にして貰えません。そもそも、入口から入っても店の中は狭く、特に部品らしい部品も並んでいるわけではありません。会ったその日からファーストネームで呼び合うアメリカ人にとっては、隔靴掻痒の出来事ですが、あるときふとしたきっかけから、この店の本当の姿を知ることができるようになります。
実は店の奥には 18 世紀以降製作されたあらゆるピアノが並んでいました。そうここはまさしくそうしたピアノの修理と仲介を行うお店だったのです。元の持ち主の手をはなれて、パリの小さな工房にたどり着いた様々なピアノたち。スタインウェイプレイエル、ファツィオーリ、ベーゼンドルファーヤマハ、ベヒシュタイン、エラール…。それぞれのピアノはそれぞれの歴史を背負い、新しい持ち主を待っています。
そこからひらけるピアノとピアノを愛する人々の世界は本当に豊穣なものなのでした。技術に拘る職人に対して注がれる視線も大変暖かいものです。彼らにとってはピアノは一つ一つが異なる生き物のようなものなのです。
音楽好きの人には皆お勧めしたいのですが、この本を読む際には注意が必要です。私はピアノを弾くことができませんが、それでも自分自身のピアノを手に入れたい気持ちが湧き上がることを抑えることに苦労しました(笑)。まして、かつてピアノを習っていた人ならなおさら「自分のピアノ」を探しに行きたくなることでしょう。
この本の著者も、最初アップライトを買うつもりだったのに、職人と話をしているうちに素晴らしいグランドピアノに出会ってしまうのです。