酔眼漂流読書日記

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武士の家計簿 ―「加賀藩御算用者」の幕末維新 新潮新書

磯田 道史 (ASIN:4106100053)
古本屋で偶然発見された「加賀藩御算用者による家計簿」を通して描き出される、本当に面白い幕末〜維新にかけての物語です。なんとなくいままで理解していたつもりになっていたさまざまな事柄(日本型封建制における領主と領民の関係や、武家社会での通婚と親戚付き合い)そのほかが、やはり具体的な「家計収支」という形で語られると、これ以上ないリアリティで迫ってきます。
本の後半では時代は明治に変わり、士族が次々に没落していく中で、経理の技術を身につけた主人公の一族が如何に生き抜いていったかが、金沢と東京の間で交わされた書簡を通して浮き彫りになります。ここを構成する日記や手紙も第一級の史料であることは間違いないところでしょう。
もちろんたまたま見つかった古文書から、簡単にこれだけの物語が構築できたわけではなく、筆者の磯田氏の日頃からの研鑽が、一見無味乾燥な数字の羅列から、生き生きとした幕末の人々の生活の描写を行うことを成功させたものと思われます。様々な知識に裏打ちされたエピソードの引用は時間軸を自由に行き来するだけではなく、洋の東西にも及びます。ページ数は薄いのですが、これから先幕末〜明治維新にかけての重要な研究書として引用されていくことは間違いありません。それでいながらとても面白い知的エンターテイメントに仕上がっていることが本当に素晴らしいと思いました。