酔眼漂流読書日記

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ヤバい経済学 ─悪ガキ教授が世の裏側を探検する

ヤバい経済学 ─悪ガキ教授が世の裏側を探検する

ヤバい経済学 ─悪ガキ教授が世の裏側を探検する

「ヤバい経済学」とは "Freakonomics" の原題を訳したものですが、もちろんこんな言葉は普通の英和辞典を引いても見つけることはできません。
Freak (異常な出来事、奇形、きまぐれ、変人)と Economics (経済学)を合わせた造語だからです。ずいぶん奇をてらったタイトルですが、中身を読むとその面白さに一気に引き込まれてしまいます。本書では著者達がさまざまな社会的データに正直に向き合うことによって、一般の常識に反する様々な結論が導かれて来ます。

その結論は一部の人たちの感情を逆撫でするものです。

たとえば1990年代初頭、米国では年々増え続ける若年者による凶悪犯罪に手を焼いていました。誰もが次の10年で米国内のティーンエイジャーによる凶悪犯罪の増加が国の根幹を揺るがしかねないという予想を立てていたのです。ところが事実はそうはなりませんでした、1990年に2245件あったニューヨークの殺人は2003年には596件にまで減っています。

多くの犯罪学者や政治化が、これは前向きな犯罪対策のおかげだ、いや景気回復の賜物だ、いや銃規制が成功したのだなどなどという意見を述べています。しかし多くの「犯罪評論家」たちが様々な要因を挙げる中で、一度も言及されなかった重要な要因があるのです。

この本の中で指摘されているその原因は1973年に合法化された「中絶」です。中絶が合法化され(日本とは比べものにならないくらい)劣悪な家庭環境に送り出される子供の数が劇的に減った結果、ティーンエイジャーによる犯罪が激減したのです。この結論が特に中絶反対をとなえる保守層の感情を逆撫でするものであることは間違いありません。

とはいえ本書の著者の言いたいことは、「だから中絶が『正しい』のだ」という「価値判断」ではありません。煎じ詰めればただ一つ

「事実と願望を区別せよ」

ということだけなのです*1。最後の章から引用すると (268ページ)

中絶の合法化で犯罪が大幅に減ったなんて、道徳派からの猛反発は必至だ。でも本当は、「ヤバい経済学的」な考え方は、道徳と相反するわけじゃないのだ。最初に書いたように、道徳が私たちの望む世の中のあり方を映しているのだとすると、経済学が映しているのは世の中の実際のあり方だ。

となりますが、願望に引きずられて事実を歪めて見てしまうと、大きな間違いを犯すことになると、この本はデータを用いて語ってくれるようです。
他にも面白い話題があって

「子育てで決定的に影響があるのは、『親が何をしてあげるか』ではなくて、『親がどういう人であるか』である」

などというものもあります。このことは、様々な育児書のノウハウに振り回されてあれこれ子供をいじりまわすよりも、「親自身がどのように生きているか」こそが重要だということを具体的に例証していて非常に興味深いものになっています。日本的な言い回しに即せば「子供は親の背中をみて育つ」ということの証明のようなものですね。

ということで、この本はタイトルに「経済学」と付いてはいますが、内容としては経済学者がその道具立てを用いて社会的な問題を考察した本ということになるでしょう。

*1:そこから派生した主張としては「因果」と「相関」を混同するなというのもあります