酔眼漂流読書日記

本と音楽と酒場と言葉

椿山課長の七日間

椿山課長の七日間 (朝日文庫)

椿山課長の七日間 (朝日文庫)

今更私が言うこともないのですが、浅田次郎氏は文章の職人ですね。緩急を自在に操り、読み手の目の前で鮮やかな手品を披露してくれます。
主人公の椿山和昭氏は46歳のデパート勤務の課長。激務がたたり、ある日突然死してしまいます。気が付けばあの世への入口に立っていた椿山氏は、現世に残した数々の気がかりを見届けたいという事情に加え、現世で犯したとされる「邪淫の罪」の弁明材料を集めるために、7日間の期間限定(実際にはまる3日間)でこの世に生き返ります。
もちろん生前の姿で生き返ってはこの世は大混乱ですから、39歳の美女として生まれ変わることになるのですが、行く先々で珍騒動が起こり読者は本から目を離せません。同時に期間限定で生き返ったテキヤの親分と、7歳の男の子の物語も絡ませながら、やがて清々しくもほろ苦い結末を迎えることになります。
さてあざといほどの「笑いと泣かせ」が浅田氏の真骨頂ですが、本作でもその本領は遺憾なく発揮されています。人により泣きのツボは異なると思いますが、私の場合、この世に甦った椿山氏とその父親(老人病院に入院中の筈)が偶然早朝の電車で出会うシーンが最も読んでいて泣けた部分でした。もともと朝日新聞の夕刊に連載されていたそうですが、絶対人前で読んではいけない小説の一つのような気がします。そもそもこの話を毎日少しずつ読まされるというのも地獄の責め苦のような…(笑)。今回一気に読めて幸いでした。
まあ冷静に読めばご都合主義だったり、登場人物があまりにも良い人達だったりして、ちょっとねぇと眉を顰める方も多かろうと思いますが、「異空間としての物語」を丸ごと楽しむつもりなら特に不都合はないでしょう。