酔眼漂流読書日記

本と音楽と酒場と言葉

経済物理学の発見 光文社新書

高安 秀樹 (ASIN:4334032672)
一瞬「と」な本かと思うタイトルですが、内容は大変興味深いものです。フラクタルやカオスといった、現代的なツールを使い、いままで定性的な議論に陥りがちだった経済学に、一つのブレークスルーを提起しつつある「経済物理学」の第一人者による入門書です。たとえば私たちの多くにとって、需要と供給によって価格が適切な場所でつりあうというのは、小中学校で学ぶ経済の基本のような気がしていますが、実際には価格の臨界点に細かい揺らぎが存在し、時に暴騰や暴落を引き起こします。
たとえば外国為替取引における価格の決定要因は、結局一人一人のディーラーの行動に還元されるのですから、その振舞をうまくモデル化することにより現実の価格変動の説明も古典的なモデルよりもうまく行える可能性があります(これまでは単純に計算量の問題で、大雑把な議論しかできなかったということもあります)。今やほんの数年前に比べても比較にならないほどの計算パワーをもつ科学者が現在どのようなアプローチで経済学に臨もうとしているかについての雰囲気を味わうことができるでしょう。
また今まで厳密な議論が行い難いと思われてきた様々な社会領域へ、有り余る計算パワーをもって攻め込む余地が大いにあるということを示しているという点で、若い人たちを鼓舞する効果はあるような気がします。
ところで、本書における、まあこうした技術的な話は興味深くはあるのですが、その先に展開されている筆者の管理社会像はあまりいただけないというのが、個人的な感想でしたね(笑)。でも議論は大いになされるべきですけど。