酔眼漂流読書日記

本と音楽と酒場と言葉

アップルを創った怪物―もうひとりの創業者、ウォズニアック自伝

おびただしい数の書籍や記事がとり上げているスティーブ・ジョブス氏ではなく、アップルを創業したもう一人のスティーブことスティーブ・ウォズニアック氏への長いインタビューをまとめた書籍です。
多くの書籍では派手なスティーブの陰に隠れて、地味で一途な技術屋として添え物のように扱われることが多いウォズニアックが主役ということで、出版年は少し前だったのですが今回手に入れて読んでみました。
オズの魔法使い(Wizard od Oz) をもじって、ウォズの魔法使い(Wizard of Woz)と呼ばれることもあるウォズニアック氏は、アップルを瞬く間に大企業へと成長させたアップル1とアップル2を独力で開発した伝説のエンジニアです。一方何かと目立つスティーブ・ジョブス氏の方は、エンジニアとしてよりもプロデューサー能力の方がやがて大きく花開くことになったことは良く知られています(途中一度アップルを辞めたりもしていますが)。
アップルが誕生し、IBM PC が追撃し、Macintosh が産声と挙げ・・・1970年代後半から1980年代前半にマイクロコンピュータ革命を経験した世代の技術者にはとても懐かしく読める本でした。
ウォズニアック氏は噂に違わず、熱心でエネルギーに溢れ、マニアックな技術的コダワリをもつ人物であることが改めてよく分かりました。しかも単なる引っ込み思案というわけでもなく、ややアナーキーないたずらっ子体質であることも(笑)。
その個人の資質に加えて、最も適切な時代、適切な場所、適切な人との出逢いがウォズニアック氏をアップル1と2と言う、文字通り世の中を変えた製品を直接生み出す役割へと割り当てたのでしょう。技術は通常1つだけポツンと生まれるものではなく、同時多発的に類似の基礎技術が次々と競うように開発されて行き、全体として成熟度が段々と上がっていき、運命の最後の1押しによって類似の製品が前後並行して生み出されることを考えると、実はウォズニアック氏の位置に座ることができたエンジニアは(それほど多くはなくとも)他にも何人かはいた筈です。こうしたトップランナー達の競演は iPS や EM 研究の世界や、電気自動車関連などでも垣間見ることができますね。そして、ちょっとした組み合わせの妙が栄誉を受けるもの、逃すものを振り分けていきます。

ウォズニアック氏は、若いエンジニアに対して、とにかく組織の中に埋もれず自分の力で自分の信じる技術を追求せよと熱心に勧めて本書を終えます。そのエンジニアとしての矜持は痛いほどよく分かりますし、彼ほどの成功をおさめるためには、要素技術を一気に組み合わせて誰もまだやったことのない全く新しいステージの製品を素早く作り上げることが鍵でもあるでしょう。しかしパーソナルコンピュータの世界に関しては、最早個人の技術者がコツコツと何かを作り一気に成功を収めようとしても、あまりにも巨大で複雑化してしまっています。新たな領域は多分また別のエリアで探されなければなりません。流行りのクラウドの世界も、それがただグーグルやアマゾンの掌の上で踊るだけのものならあまり技術者としては嬉しくないでしょう(と、ウォズニアック氏なら言いそうです)。

かつてのT型フォードもまたそうであったように、一旦世の中に現れてみると、もうそれなしの生活が考えられなくなるほどのインパクトをもつ製品・サービスは、人間にとっての「自然な振舞」の延長線上に生み出されるものでしょう、自動車は移動を、計算機は日々の記録と伝達を劇的に便利にしました。21世紀になって10年が過ぎた私たちにとって、そうした領域は何でしょうか。健康維持やエコといったテーマも良いのですが、それよりももっと基礎的な人間の営み、例えば睡眠、食事、歩行、住居、取引などに関するブレークスルーが、若い技術者にとってのやりがいのある挑戦かもしれません(と、年寄りは妄想を述べるのでした)。