酔眼漂流読書日記

本と音楽と酒場と言葉

リンゴの木

リンゴの木 (角川文庫)

リンゴの木 (角川文庫)

ノーベル文学賞作家、ゴールズワージーによる儚くも美しくそして残酷な恋物語です。
とはいえこの本を読んだのは特にロマンチックな気分に浸りたかったわけではなく(笑)、佐藤優氏による
以下のような解説(の一部)を読んだからです。

ヨーロッパの人権や人道という感覚は、文化を共通にする範囲では尊重されるが、「外部」に対しては、同情の域を出ない。その同情がどういうものであるかを知るために最適なテキストが「リンゴの木」なのである。外交や情報の仕事を長くしていると、どうも小説を素直に読めなくなってしまうのは悲しいが、ヨーロッパ人の内在的論理について学ぶための「実用書」として、本書は大きな価値をもつ。

ということで、読む動機は「不純」だったのですが、実際に読んでみると、20世紀初頭の英国の情景をこれでもかと濃密に描き、可憐な乙女の息遣いまでも感じさせるかのような筆致はなかなかのものだと思いました。とはいっても「話の進み方」がゆっくり過ぎて現代人にはもの足りないかもしれません。

要は大学の卒業旅行をしていたエリートの男子学生が、田舎の娘さんと恋に堕ちて、駆け落ちをするところまで思い詰めたものの、住む世界の違いに改めて気が付くといったお話なのですが、そのあたりの「住む世界の違い観」が、佐藤氏の言うヨーロッパ人(エリート)の人権や人道感覚につながっていくのかなと思わせました。

主人公の振舞は恋する若者の愚かさに満ちていて、それがまたもう一方の主人公の娘との純朴さとの対比に効果を挙げています。
150ページほどの字の大きな文庫なので、すぐに読めます。
ちなみに、川端康成氏の「伊豆の踊り子」はこの小説にインスパイアされたものらしいですね。

ところで、この本を読んでいて、どうにも最後の一行がとってつけたような感じで納得がいかなかったので、思わず原書を取り寄せて読んでみました。

The Apple Tree: Tales from Caravan (Nonsuch Classics)

The Apple Tree: Tales from Caravan (Nonsuch Classics)

すると、少なくともこの原書には私が違和感を感じた最後の一行はありませんでした。
そしてその最後の一行がないほうが、遥かにすっきりしているのです。

この訳本がどの本を底本にしているのかはわかりませんが、文庫の解説によれば 1955 年に訳出されたもののようです。
底本の違いによるものなのか、訳者が思わず「道徳的」な一文を付け加えたのか(昔はよくあったようですが)は分りません。