酔眼漂流読書日記

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東大を出ると社長になれない

東大を出ると社長になれない (講談社BIZ)

東大を出ると社長になれない (講談社BIZ)

表題だけ見ると、なんだか頭の悪いノウハウ本のようですが、中身を読んでびっくり。経済の専門家が書いた、「真っ当」で「面白い」フィクションなのでした*1
本書の目次を下に示します

【目次】
プロローグ
第1章 相談料はヴーヴクリコ一本なり!
第2章 杏奈は国際派ビジネスパーソン
第3章 文房具を売らない文房具店
第4章 東大を出ると社長になれない
第5章 ガールズ・オブ・ブルーオーシャン
第6章 サービスは客のためならず
第7章 エンディングの日は突然に
エピローグ

本書の表題は「第4章 東大を出ると社長になれない」から来ているものですが、これは別に東大を出たから云々というよりも

東大を出たような人は一般に安定した雇用や収入を得ている場合が多いため、機会費用が高くなる。よって起業するためにはよほど慎重に行わなければなければならない

ということを一言で言っているのです。
もっと平たく言うと

より高い収入を捨ててまでの犠牲に見合う収入を得るための起業は、生半可な覚悟ではできない

ということですね。まあこの表題は本屋の店頭で注意を引くための作戦でしょう。

それはともあれ、本書で描かれるストーリーは、現実の起業を行おうとする登場人物たちの対話を通して、起業を考える読者へ、「基本的な心構え」を教えてくれる大変教育的なものです。しかも単なる心構えだけでは終わらず、ある程度具体的な行動を通して一つのビジネスモデルを実現するまでの話になっていて、それなりに説得力のある構成になっています。小さな雑貨屋、カフェ、リサイクルショップその他小規模なビジネスで起業しようとする人は一日で読めるこの本を読んでおいても決して損はしないでしょう。

中心となるビジネスモデルはブルーオーシャン戦略ですが、この他にもコールドリーディングのテクニックも出て来たりしてあまり飽きずにテンポよく読み進めることができます。

この手の起業小説はただ「真っ当」なだけのものならまだ見つかるかもしれませんが、その上「面白い」となるとなかなか得難いものではないでしょうか。ビジネスモデルに関してこれほど具体的に書き込みながら高いエンターテイメント性を保った小説というと、以前ご紹介した再生巨流」を思い出します。まああちらはもっと大規模なビジネスモデルでしたので、どうしてもいろいろ端折られてしまうところがありましたが、本書は規模も小さい分、丁寧な描かれ方になっています。

登場人物達も魅力ある描かれ方をしていて、是非他の小説も書いて欲しい作家ですね。
エンターテイメント性溢れる小説を書く異業種の専門家といえば、最近もご紹介した海堂尊氏を思い出します。
著者の水指丈夫氏には、経済界の海堂尊として、もっといろいろの小説を発表していただけることを心待ちにしておきましょう。

*1:まあ著者の正体は不明なので本当に経済の専門家かどうかはわかりませんけどね(笑)