酔眼漂流読書日記

本と音楽と酒場と言葉

どこから行っても遠い町

どこから行っても遠い町

どこから行っても遠い町

一見ありふれた人々の日常を綴った短編集です。どこにもある小さな幸せ、ささやかな悲しみが描かれているひとつひとつの作品も面白いのですが、実はそれぞれの作品に出てくる登場人物がある作品では主役であり、またある別の作品では単なるエキストラとして参加していたりと、全体として緩やかなネットワークを形作っているのが特徴となっています。
ある作品である人物が見ていた何気ない光景が、別の作品ではそれなりに重要な意味をもったできごととして描かれていたりして、ちょっとしたパズルを楽しむ感覚も味わえました。
個別の作品の中ではある面で固定されたような視点が、また別の視点ではひっくり返されていくちょっとしたスリルという言い方が一番相応しいかもしれません。まあ作家はそこまで深く計算はしていないのかもしれませんが。

現在のように種々雑多な情報が氾濫し、SNS を始めとする人間の記号化された関係の中で、私たちは「生きる」実感を平坦で規格化されたものへの還元しがちです。その中で、予定調和の物語を超えたメタな視点からの「物語」を与えてくれる本書は、フィクションのささやかな可能性を見せてくれる一冊かもしれません。