酔眼漂流読書日記

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瀬川晶司はなぜプロ棋士になれたのか

瀬川晶司はなぜプロ棋士になれたのか

瀬川晶司はなぜプロ棋士になれたのか

プロ棋士(将棋のプロフェッショナル)になるには、プロ養成唯一の機関「奨励会」に所属し内部でリーグ戦を戦って、26歳の誕生日までに四段に昇格しなければなりません。一足飛びに四段試験を受けて合格すればよいというものではなく、まず三段に昇格した上でそのなかのリーグ戦を勝ち抜き、上位二人になれば合格です。リーグ戦は年2回行われるため、一年に生まれるプロ棋士はわずかに4人ということになります。
よって沢山の人間が規定を満たせず、プロへの道を閉ざされて、失意のうちに去ることになります。
本書の主人公瀬川晶司氏も、こうしてプロの道をあきらめて普通の勤め人としての人生を送ってきた人物です。瀬川氏は好きな将棋はアマとして楽しむことに決めて仕事の傍ら大会などに参加するだけでした。ところがそうして参加した大会の中には、アマとプロが戦うものもあり、瀬川氏はここでプロを相手に通算16勝6敗という成績を残します。
こうした実績の中から「瀬川氏がどうしてプロではいけないのだろう?」と考える人たちがプロ・アマ双方の中から生まれて来ます。

一見華やかにも見える将棋の世界は、同じ勝負の世界といえども、相撲や他の格闘技などのようにお金が乱れ飛ぶ世界でもなく、むしろ公式戦を億単位の金で支援する新聞社の存在によって成り立っている地味な世界でもあります。
では新聞社はなぜこのような支援を行うのか?もちろん日本の伝統文化を守るため、ではなくて日本津々浦々に存在する多くの将棋ファンが、紙面にのる棋譜を楽しみに新聞を購読してくれるからに他なりません。
現在のビジネスモデルでは、こうした将棋ファンが減少すれば、新聞社も支援を見直さざるを得なくなり、それは日本将棋連盟の運営基盤を揺るがすほどの影響を与えることになります。かつて羽生善治氏が7冠を独占し多いに盛り上がったときに比べて、最近話題の少ない将棋界は新しいファン層の獲得に成功しているとはいいがたい現実のようです。

最初瀬川氏のプロ入りは、一顧だにされない気配が濃厚でした。なにしろ皆ある時期厳しいリーグ戦を勝ち抜いてプロになった人ばかりです。一人例外を認めれば次々と例外希望者が現れて、ただでさえ苦しい運営が更に苦しくなってしまうかもしれません。しかし座して(文字通り座して)今まで通りの体制の中で将棋を指していれば、自動的に生活も保障されるという保守的な考え方でこの先も良いのだろうか(実際将棋連盟は慢性赤字体質に転落する瀬戸際になっています)、と考える「改革派」の人々もプロ棋士の中に現れ始め、同様に将棋界の盛り上がりをのぞむスポンサーとしての新聞社の意向もあり、不可能と思えた扉が徐々に開き始めたのです。

本書はそのような人々の思惑と、実際にプロ編入試験が決定してからの各対戦を巡る人々の動きを丁寧に報告しています。結果として瀬川氏はプロになっているのですから、まあ安心(?)して読めば良いのですが、詳しい経緯を知らなかった私は、結構はらはらしながら読み進めることができました。

安直なヒーローもののようにプロになったからといって、万事めでたしめでたしではありません。プロ棋士になって瀬川氏の収入は下がりましたし、これから先一定期間のうちに一定以上の成績を残せないと、引退しなければなりません。瀬川氏は羽生氏のようなスーパー棋士ではないのです。それでもその世界を敢えて選びとろうとした意味は重いと思います。

瀬川晶司 - Wikipedia