酔眼漂流読書日記

本と音楽と酒場と言葉

日の名残り

日の名残り (ハヤカワepi文庫)

日の名残り (ハヤカワepi文庫)

わたしを離さないで」が気になったので読んでみようと思い、アマゾンで注文したのですが、その際に「そういえばこの本がデビュー作だったはず」と思って一緒に購入しました。いままでカズオ・イシグロ氏の本を読んだことはありませんでした。
素晴らしい、しかしまた痛ましくもある物語です。20世紀前半を英国貴族の執事として過ごした主人公の回想という形をとりながら、当時の英国と世界を取り巻く状況や、様々な階層に属する人々のありようが語られます。
このときの主人公の視線は、決して客観的なものではなく、ある種の価値観 - 抑制の美学 - 理想主義とも言える価値観のフィルタがかけられているものです。もちろん客観的でないのがいけないという意味ではなく、この抑制の美学こそがこの小説全体を郷愁の淡い色に染め上げて、読み手を物語の世界に誘い込むのですが。
この物語の痛ましさは20世紀後半の歴史を知っている私たちにとって、結局主人公自身の価値観が歴史の中で否定されていく予感に満ちていることです。実際物語の終盤にさしかかり、回想も終わりに近づいてくるころ、主人公の公私に渡る悲劇が抑制の利いた筆致で描かれて物語に幕が引かれます。「品格」あるいは「矜持」とはなんと残酷で困難な言葉でしょう。
もちろん肩が凝るばかりではなく、英国流(?)の抑制の利いたユーモアもそこここに散見されます。

読んでいる途中で、この作品が既にアンソニーホプキンス主演で映画化されていたことを思い出しました。

あまり役者のイメージを重ねるのは良くないとも思ったのですが、確かにこの物語の主人公としてふさわしい役者の方だと思います。まあ映画は見ていないので実際にはどうだったのかわかりませんが。

わたしを離さないで」を読むのがますます楽しみになってきました。