酔眼漂流読書日記

本と音楽と酒場と言葉

僕の妻はエイリアン 「高機能自閉症」との不思議な結婚生活

僕の妻はエイリアン 「高機能自閉症」との不思議な結婚生活

僕の妻はエイリアン 「高機能自閉症」との不思議な結婚生活

本当に驚異的な本でした。この本のタイトルをそのまま解釈すると、高機能自閉症アスペルガー症候群)の妻と暮らす夫の手記のような気がします。実際本を読み始めると、語り手は夫であり、夫から見た妻の病気ゆえの変わった言動や、様々な行き違いや、それを一つ一つ乗り越えていく過程が描かれています。
その内容は、深刻になりすぎることなく、事実を冷静に分析し、それでも双方が日々突きつけられる感情の擾乱に苦しみながらも、ユーモアをたたえた文章として描かれた大変価値のある「ノンフィクション」として仕上がっています。日頃理解を得難い自閉症患者の心の動きやそれに対する回りの対応もリアルです。
さて、この本の何が「驚異的」なのかと言えば、実はこの本が語り手である「夫」ではなく、患者である「妻」の手によって書かれたものだということです。もし自閉症というものを少しでも知っている方ならば、この作業がとてつもなく困難だということが想像できることと思います。
自閉症とは、言い換えればコミュニケーション能力の発達になんらかの問題が生じた状態であり、他人の「気持ちの動き」や「場の空気」を想像することが著しく困難であることが特徴である病気ということができます。そうした患者としての著者が、自分のことではなく他者である夫の立場から見た夫婦の関係について記述するというのは、およそ常識ではあり得ないようなできごとでしょう。
実際に「あとがき」に著者自身が登場し、この作業がどれほど困難であったかが述べられています。少しずつ原稿を書いては、夫にその内容を読んで貰い、本当はそのときどういう気持ちだったのかなどを聞きだしては、修正してまた読んで貰うといった作業の繰り返しで、途中夫婦仲に溝が入ってしまい作業自身が何ヶ月も中断したこともあったようです。
それでもこの作業を通してお互いの理解を深めることがかなりできたことは事実のようです。
上にも書いたように文章は非常に軽やかでユーモアに溢れていて、しかも理路整然としています。著者もネットワークを通した翻訳などの仕事をしているようです。直接対面してのインターフェイスに少々問題があるとしても自閉症の人たち(特に高機能自閉症)が社会に参加する環境はかつてないほど整いつつあるのだなと思いました。
情報のやり取りが経済を駆動するようになればなるほど、所謂「健常」でない人にも社会参加の機会が増えることになります。
IT 産業に関わるものとして、そのことの意味と意義を、たとえ頭の片隅であったとしても忘れないようにしたいものだと思いました(つい忘れがちになるのですが…)。