酔眼漂流読書日記

本と音楽と酒場と言葉

明日の記憶

明日の記憶

明日の記憶

傑作です。
著者の荻原浩氏は以前「メリーゴーランド」で第三セクターの赤字テーマパークの建て直しに巻き込まれた地方公務員の苦闘をユーモラスに描いてみせました。大変優れた作品でした。そのため本書も店頭で期待と共に手にしましたが、読後感は期待以上でした。
内容は若年性アルツハイマーに罹った50歳の中年サラリーマンを描いたもの。広告代理店に勤める主人公がある日自分のかすかな異変に気が付き、段々と症状が進行していくさまと、まわりとの関係を主人公の視線で書いたものです。
わかりにくい例えかもしれませんが「アルジャーノンに花束を (ダニエル・キイス文庫)」の”後半”部分を読むようなものです。すなわち段々主人公の能力が失われ呆然とする様子が、いままで長い年月を共に過ごした家族や知人達との記憶が欠落していく恐怖が、小さなエピソードや本人の日記などを通して表現されていきます(途中挿入される主人公の日記は、最初僅かな誤字が混ざっています…やがてだんだん平仮名が増えて行き、という手法はそのまま「アルジャーノン」へのオマージュとなっています)。単に若年性アルツハイマーという病気の怖さや知識がわかるというだけではなく、がむしゃらに会社勤めを続けてきた中年男性の心の動き、家族の揺れ、社会活動、仕事上での苦悩などが描かれています。内容は決して明るいものではありませんが、著者の不思議なユーモアを湛えた文体が決定的な暗さに陥る手前で掬い上げています。
もちろん「奇跡」は起こりませんが、最後の二ページの哀切に満たされた「美しさ」は格別です。
この本は、年代によって全く受ける感じや反応する場所が異なると思いますが、特に40歳を迎えて自分の人生の後半を考えたくなった方にお勧めしたい本です*1

*1:まあ私が46歳だということもありますけれどね…