酔眼漂流読書日記

本と音楽と酒場と言葉

ジャズで踊ってリキュルで更けて―昭和不良伝 西条八十

上海バンスキングで岸田賞を受けた斎藤憐氏による昭和歌謡史です。副題に西条八十の名が挙がっていますが、西条氏だけの直接的な評伝というわけではなく、大正末から昭和を通しての日本の歴史を、歌謡曲という視点から描き出した非常にユニークな読み物だといえるでしょう。
「真面目な」歴史は教科書に書いてありますが、こうした歴史はあまり広く伝えられることがありません。しかしその当時の人々の気持ちを一番明快に反映していた流行り歌に関する話を読むことはとても興味深いことです。斎藤氏によってところどころに差し挟まれる現代批判も刺激的です。国家というもののなりたち、気分によって流されていくことの危険についても触れられています。
しかし、西条八十という人は面白い人ですね。童謡作家にしてフランス文学者、株屋にして早稲田大学教授、象徴派詩人にして流行り歌の作詞家。かけ離れた顔をいくつも持っていました。西条氏がいなければ童謡「かなりあ」「肩たたき」などがなかっただけではなく、「同期の桜」「予科練の歌」「東京行進曲」「青い山脈」「サーカスの唄」「お山の大将」「越後獅子の唄」「旅の夜風」「誰か故郷を想わざる」「巴里の屋根の下」「東京音頭」「王将」といった歌は存在しませんでした。記録によれば童謡854篇、流行歌3200曲、校歌社歌が700以上その他合わせて15000曲以上を作り、レコードは7000枚ということです。また西条氏がその才能を見出さなければ、野口雨情、金子みすゞサトウ・ハチローも詩を残すことはありませんでした。
私は通常本を読みながら少し気になるところに付箋を貼っていくのですが、この280ページ余の本に貼られた付箋は200枚弱に及びました(付箋の意味がない(笑))。それほど密度の高い本だったということでしょうか。参考文献も数多く挙げられており、読書待ちリストが更に長くなりそうです。
はやくも大晦日のリスト入りか?(笑)。