飯倉に今も残るイタリアンレストラン「キャンティ」は、その最盛期には数多くの有名人や将来有名になる無名の若者が集まる店として有名でした。この本はその「キャンティ」を巡る物語です。オーナー経営者の川添浩史は戦前という時代に、国から派遣された留学生でもなく、役人でもないのにパリに留学していたという「お坊ちゃま」なのですが、「異文化交流」に興味を持ちさまざまなイベントのプロデュースに関わりました。アヅマカブキ、日本万博の富士グループパビリオン、ミュージカル「ヘアー」などは川添氏の関わったもののほんの一例ですが、戦後日本が急速に西洋化していく過程で、「本物」の文化を伝えようとした川添氏、そしてその再婚相手の梶子夫人が、日本の当時の芸術シーンの登場人物達に与えた影響は大きなものであったようです。
川添氏にとって「キャンティ」は、本業のプロデューサー業の傍ら、関わる人たちを招待して楽しむ「サロン」のような位置付けだったようです。当時集った人々は、例えば三島由紀夫、安部公房、黒沢明、岡本太郎、小沢征爾、篠山紀信、加賀まりこ、かまやつひろし、ビートたけし、坂本龍一、村上龍、松任谷由実といった面々ですが、こうした有名人だけではなく、サロンの主人は無名の才能ある人たちを互いに結びつけ、さらに新しいプロジェクトを生み出していく場としてこのレストランを位置づけていたようです。
今はもうオーナー夫妻も亡くなり、人も入れ替わってしまったため、そのような触媒機能はほとんど失われしてしまったようですが、本格的なサービスを受けることのできるレストランとしてはまだ機能しているようです。
日本が急速に西洋化していった時代に生まれて生きた人たちの、興奮と苦闘と喜びが行間から伝わってくるような本です。ノスタルジックな内容ではありますが、あの時代の空気を感じながら21世紀の私たちの状況を考えてみるためのヒントになるような本でもあります。