酔眼漂流読書日記

本と音楽と酒場と言葉

スコットランド 歴史を歩く 岩波新書

高橋 哲雄 (ASIN:400430895X)
「以前はアイラ島にも、今よりはるかに多くの人が住んでいたんだそうですよ」。あるバーにてバーテンダー氏がそう話してくれたのですが、ではその多かった人たちがどうして、いなくなってしまったのでしょうか。そうしたちょっとした疑問から、手にとってみたのがこの本です。今までなんとなくイングランドスコットランドは仲が悪かったんだろうな、無理矢理合併させられたんだろうし、という程度の認識しかありませんでした。
しかし改めてこうした本を読んでみると、スコットランドの中でもハイランドとロウランドの間の対立があり、単純にイングランドスコットランドの対立という図式では語れません。また同じケルト文化圏といっても更に異なるアイルランドとの違い、相互に行き来する王室の系統、フランスとの緊張関係なども物語に彩を加えます。
経済的な必要性から、半ばスコットランド人の手によって望まれたイングランドの「合邦」(18世紀初頭)は、一時ゲール語に対する弾圧を強め、ケルト的な文化もその息の根を止められるかと思われたのですが、社会が安定するにつれ、古の文化/ロマンとしてその価値が再生して来ます。また18世紀はイングランドに比べてわずか五分の一しか人口のいなかったスコットランドに多彩な人材が輩出し、文芸や実学の点でも全ヨーロッパに対して非常に充実した貢献を行うことになります。
ところで、冒頭の質問の答ですが、18世紀後半から19世紀にかけて、ハイランド地方での農業改革(土地の有効利用)が行われたのが、皮肉なことに農民達には悲劇となったようです。この一連の改革は「ハイランドクリアランス」というなんとも無情な名前がついていますが、それまでの効率の悪い痩せた土地での耕作に代わり、牧羊を行うというもので、それまで50家族を養っていた土地を、12人の羊飼いとわずかな牧羊犬だけでまわすようになったというものです。当然ながら土地を追われた小作人達はロウランドやイングランドに流れていくほかはありませんでした。
薄いながら読みごたえのある本です。