酔眼漂流読書日記

本と音楽と酒場と言葉

スキップ 新潮文庫

北村 薫 (ASIN:4101373213)
「時と人」シリーズ(と世間では呼ばれているそうな)の第一弾。17歳の女子高生の私はうたた寝から目覚めると42歳の女性になっています。心は17歳のまま。失われた25年の記憶はなく、あとから少しずつその断片が暗示されていきます。一足飛びに17歳の娘と夫を持つ身になった主人公はそれでも、必死で今を生きていこうとします。もちろんフィクションならではの無理もありますが、執拗なディテールの描写はまずまずのリアリティの描写に成功していると思います。
そして、主人公の視線で語られる物語と並行して、突然「母」と「妻」を失った家族が配置され、皮肉なことにその喪失ゆえに「母」と「妻」の価値を再認識していく悲しみに満たされた個人の姿も描かれています。お気楽な作劇手法ならば、実は夢でした、目が覚めたら元の世界でしたといった方向に傾きがちかもしれませんが、作者は「今」を生きることに拘ります。特に最後の一行は、500ページを超える本書のエッセンスが凝縮された濃密な一行でした。