酔眼漂流読書日記

本と音楽と酒場と言葉

夜の蝉 創元推理文庫

北村薫 (ASIN:4488413021)
「私」と「円紫師匠」が登場するシリーズ(?)二冊目。一冊目の「空飛ぶ馬」の次に五冊目の「朝霧」を経由して、この本を手に取りました。まあ既に語りつくされていることなのでしょうが、私がこの作家を好きな理由は、小説が謎解きの付属物になっておらず、まず「物語」が、それも微妙な心の陰翳を浮き上がらせるような物語が先にあり、あくまでも、それを効果的に演出する道具として「謎」があることなのです。
それにしても、さまざまな日本文学の古典に対する言及はとても刺激的で、ますます読書候補リストが長くなってしまいそうです。たとえば私なぞは、ほとんど子供向けの逸話を通してしか知らなかった良寛の最晩年の句


いついつと待ちにし人は来たり来たり今はあひ見て何か思はむ
などが引用されていてはっとしたりします。まあこんなものを読んで「味」を感じるのは、こちらも歳をとったからなのでしょうけど(笑)。若い頃なら「フン。」てなものですけどね。
他にも文学の引用ではありませんが、啼声が「月」「日」「星」と聞こえる三光鳥の話とか(この鳥は実在のもので、別の説では「月」「日」「星」の三つの光を浴びて飛ぶからとも)も読んでいて愉しいものです。
現在出張で松本に来ています。このシリーズの三冊目と四冊目の「秋の花」「六の宮の姫君」も持参しているので長い特急の移動時間に楽しむことができるでしょう。既に「朝霧」を読んでしまった私には、その話の中に出てきていたエピソード達が、実際には先行する二冊の中でどのように描かれていたのか却って気になるところです。
謎解きが絡むため、早く続きを読みたい。でも読み終わるのは惜しい。そんなジレンマを感じさせてくれる本ですね。