酔眼漂流読書日記

本と音楽と酒場と言葉

残虐記

桐野夏生 (ASIN:4104667013)
35歳の女性作家が失踪し、その夫が担当編集者に手紙を送ってくるところから話は始まります。失踪の原因は、17年前に起きた作家本人が被害者だった監禁事件の犯人が、出所後作家に送って来た一通の手紙でした。文章のテンポもよく、少女だった作家ををとりまく周囲の大人たちの反応もいかにも「ありがち」に書かれています。その意味では「一気に読ませる」小説なのですが…
私にとっては、結局はストックホルム症候群の追認に過ぎない結末は、途中の緊迫感に比べてあまりに陳腐なものに思えましたし、これをわざわざ小説として発表する意味も良くわかりませんでした。類似の事件が記憶に残る世間への警告なのでしょうか?だとしたら返す刀で被害者をも斬りつける理由が良くわからないのです。まあ現実は素材に過ぎませんし、小説は倫理に沿うべき義理もないので、どのように調理しようとそれは作家の自由ではあるのですが。「グロテスク」などにも見られる桐野氏の得意な手法なのでしょうね…
とはいえ小説は現実の残虐さにはとても追いつけません。前の方の日記にも書きましたが、福岡で起きた親族連続殺人事件は今でも私を「苦しめて」います。これが仮にこのような「物語」として書き直され、世に出たとしても私は決してその本をひも解くことはないでしょう。