酔眼漂流読書日記

本と音楽と酒場と言葉

『兄の名は、ジェシカ』

カミングアウトした兄を間近で眺める弟

兄の名は、ジェシカ (アニノナハジェシカ)

兄の名は、ジェシカ (アニノナハジェシカ)

 

 Gを自認する著者がTの登場人物を描いた小説です

物語は、T(MtoF)であることをカミングアウトした兄ジェイソン(17歳)の周りに巻き起こる様々なドタバタを、弟であるサム(13歳)の目から描写しながら進んでいきます。ジェシカというのはカミングアウトしたあとジェイソンが自分につけた名前です。

兄弟の母親はイギリスの首相を狙う大物政治家だし、父親はその秘書で、いわゆるトラディショナルな価値観とは違っている家庭ですが、それでもジェイソンがカミングアウトしたあとはお決まりのようにパニックになります。弟も優しく強い「兄」が失われたことを受け入れることができません。

登場する人物はそれぞれ性格付けがはっきりとされていて、漫画的ではありますが、様々な起こり得る問題がドタバタと起きていきます。大げさと思う人もいると思いますが、エルトン・ジョンに同性パートナーのいるお国柄にもかかわらず、非常に保守的な側面や学校におけるいじめなどが描かれていて、どこの国でも事情は同じなのだなと思わせてくれます。

いわゆる YA (ヤングアダルト)をターゲットにした小説で、日本でも第67回青少年読書感想文全国コンクールの高等学校の部で課題図書となっています(おかげで現在入手が少し難しいです)。

LGBTにまつわる様々な課題を投げかけてくれますが、特に何らかの結論が押し付けられるわけではなく、新しいバランスをとろうとしている家族の姿が最後に描かれて終わります。

形容詞の順番

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最近出版された『読まずにわかる こあら式英語のニュアンス図鑑』という本を読んでいたら(タイトルに反してやはり「読む」必要はあります(笑))、上の図のような「形容詞」を並べる順番に関する図が出てきました。

自分が中高のころにはっきりと習った記憶はないのですが、こうした話が図解でわかりやすく書かれているのは良いと思いました。他にも様々な単語/表現のニュアンスの違いなども説明されていて、中学生の副読本としてもお勧めできそうです。

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さて「形容詞の順番」の話題なのですが、もちろんこの話はこの書籍の著者のオリジナルではなく、類似の情報は既にいろいろあります(そして分類も微妙に違っている場合もありますけれど)。

たとえば、

Adjectives: order - English Grammar Today - Cambridge Dictionary

というページを見ると以下のような表が掲載されています。

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たとえば、以下のような例文の中でこの順番が守られていることをみることができます

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さて、これは英語の順番ですが、日本語の場合はどうなっているのでしょう。

ちょっと調べると

日英語の形容詞の語順の比較(PDF)

という資料がみつかりました(信州大学研究論集・研究報告)。この中では英語の分類はさらに細かく行われていて以下のような表も出てきています(PDFを見ると出典も書かれています)。

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ここに書いてある内容を見ると、日本語の場合はここまでは細かくは分けられていない分類が掲げられていました。

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もちろん、ここでの議論は「絶対的にこちらが正しい」というものではなく、「その順序が通常は好まれている」というのが前提です。

こうした議論を経て、もう少し抽象的なレベルで形容詞の順序を決める一般制約条件について最後にまとめているのですが、そこにはこのように書かれています(以下の①〜⑤は順序ではなく、順不同の制約条件です。ただし話し手の意識/価値観によってどの制約が優先されるかが変化すると、報告書には書いてあります)。

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なかなか面白い話題ですね。

よって英語から日本語に翻訳する場合にも、単純に英語の順番のまま日本語に並べて翻訳するとわかりにくい場合があります。

たとえば上の報告書の中の例では

old colorful pots

という表現の訳として

(a) 古い色鮮やかなツボ

(b) 色鮮やかな古いツボ

の二通りが考えられるが、上の④の制約によって「色鮮やかな」(長い)「古い」(短い)の順序の方が好まれることが多いと書かれています。

ご参考までに、自動翻訳にかけてみると、以下のような結果になりました。

Google翻訳:「古いカラフルな鉢」

DeepL翻訳:「色とりどりの鍋」

まあ「ツボ」「鉢」「鍋」は何が正しいのかは文脈に依存しますけれど ...DeepLはあっさりと「古い」を無視していますね。

さてここまでに書いた内容から、以下のクイズを考えてみましょう。

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a)、b)、c) のうちどれが正しい順番かというクイズです。

答えは以下のページの最後の部分を見て下さい。

grammar Archives - Lingoloop Online English Course


 

 

 

Digital phenotype

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 Photo by Ryan Stone on Unsplash

"Digital phenotype" (デジタル・フェノタイプ)という言葉を見かけたのですが、まだ一般的な言葉ではないかもしれません。

実際 "digital phenotype" で Google 検索をかけても 1万2300件しかみつからないのでまだまだですね。それでも医学系の記事レベルでは増え始めているようです。

ということで、以下垂れ流し的メモ書き。

日本語では、おそらく以下のような記事に現れる「デジタル表現型」が対応していると思いますが、「デジタル表現型」そのものがどのようなものかを日本語で解説している記事はネット上にはあまりないようです。

そこで Wikipedia をのぞいてみると、一応 "Digital phenotyping" という項目が用意されています。

Digital phenotyping - Wikipedia

エントリが最初に書かれたのは2017年のようです。

冒頭には以下のように書いてあります

Digital phenotyping is a multidisciplinary field of science, defined by Jukka-Pekka Onnela in 2015 as the “moment-by-moment quantification of the individual-level human phenotype in situ using data from personal digital devices,” in particular smartphones.[1][2][3] The data can be divided into two subgroups, called active data and passive data, where the former refers to data that requires active input from the users to be generated, whereas passive data, such as sensor data and phone usage patterns, are collected without requiring any active participation from the user.

これによれば2015年に Jukka-Pekka Onnela という人が提唱した概念で、「パーソナルデバイス(特にスマートフォン)から得られるデータを使って、刻々と推移する個人レベルの『表現型』を定量化すること」。

と書いてあるのですが、この説明も、もやもやしますね。もともと「phenotype=表現型」という言葉は遺伝学上の用語で、「遺伝子の形質が目に見える形で現れたもの」という意味です。たとえば遺伝に由来する目の色とか、背の高さはそれぞれの遺伝子の「表現型」です。

この表現型(phenotype)という言葉を、デジタルデバイスを用いて計測する行為と組み合わせて digital + phenotype + ing と動名詞化しているということですね。

従来の phenotype が、時間的にあまり変化しない属性を相手にしていたのに対して、この「digital phenotype」は、刻々と変化する人間の状態全体を相手にしているように見えます。つまり必ずしも遺伝子との強い対応を意味していないようです。

この辺の医学関係の論文をのぞいてみると ...

pepsic.bvsalud.org

「デジタル・フェノタイプとは人間とデジタル機器のやりとりであり、それを観察する(digital phenotyping)ことによって、これまでにない診断の可能性が開ける」。

といったようなことも書いてあります。

なお上の論文では、digital phenotype のオリジナルを WIkipedia とは違って

Jain, S. H., Powers, B. W., Hawkins, J. B., & Brownstein, J. S. (2015). The digital phenotype. Nature biotechnology, 33(5),462-463. doi:10.1038/nbt.3223 

だとしていますね。このブログは学術論文ではないので、中身をここでは掘り下げませんが、いずれにせよ 2015年頃から提唱され始めた概念のようです。

このように「デジタル機器を用いて人間から意識的あるいは無意識的に集められたデータを使って、人間の状態を判断する補助的材料にする行為」全体を "digital phenotyping" と呼ぶようになって来ているようですが、一般用語というよりはまだ一部の医療の文脈で使われている用語のようです。

ただ、人間の健康状態をモニターし続けて、早い段階で異常を発見できるようにしたいという需要は常に存在しています。Wikipedia ではスマートフォンが前面に出されていますが、いまならウェアラブルバイス(スマートウォッチ)などを含めない理由はないように思います。

逆に言えばウェアラブルバイスが浸透するに従って、「digital phenotype」という言葉もより一般的になって行くと思います。そのとき訳語として何が採用されるかはわかりませんが、数例見つかる

「デジタル表現型」

というのは少し座りが悪いような気がします。むしろ

「デジタル・フェノタイプ」

の方が定着するかもしれません。

実際以下のような専門家向けの記事も出ていますし ...

aitimes.media

まあこの記事(2020年9月17日)でも「デジタルフェノタイピングは有望だが、研究手法もまだ定まっていないこれからの手法」として紹介されています。

とはいえこの技術が進む先には「優しい監視社会」そのものが待ち受けているような気もします。たとえば、ある種のバイオマーカーから「このひとは心理的に不安定になっている」ということが判定されて、歩いていく先々の監視カメラの解像度が上がって次々とサーバーに送られ詳細な解析が行われる世界 ... 個人の健康と社会の安全とのせめぎ合いの中で、私たちはそれをどう受け入れるべきでしょうか。

Aging in place

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Photo by Bruno Aguirre on Unsplash

 Wikipedia によれば、"Aging in place" とは

The U.S. Centers for Disease Control and Prevention defines aging in place as "the ability to live in one's own home and community safely, independently, and comfortably, regardless of age, income, or ability level".

 と書かれています。

つまり

年齢、収入、身体能力を問わず、自分自身の家や地域で、安全に、独立して、快適に生活できること

 を意味します。

コロナウイルスの流行によって "Shelter in place" という表現はしばしば見かけましたが、”〜 in place" という表現は一般に 「その場で〜(する)」 という意味です。

このため "Shelter in place" は「その場を避難場所にする」ということで、「在宅避難」「屋内避難」といった意味で使われました。

"Aging in place" も同様に、「その場で年を重ねていく」という意味で、自宅ではなくコミュニティとも切り離された場所に行く(行かされる)のではなく、可能な限り自宅とその地域の中で、これまで通りに暮らしながら年を重ねていこうという意味です。

昔ならそれは当たり前でしたから、わざわざそういう言葉が生まれたということは、アメリカなどでも介護施設などに入りそれまでの生活圏から切り離されてしまう人が多いということを意味しているのでしょう。

決断の遅いひと

Queen of Procrastination

あるページに、決断の遅い人、行動を起こせない人を表す表現がいくつかあったのでメモしておきます。

procrastinators, lollygaggers, slow-pokes, wafflers and last-minute decision makers

 さてこれらはそれぞれどのような意味でしょう。

procrastinator

"procrastinate" は「ぐずぐずする,先に延ばす,先送りにする」という意味の動詞です。なので procrastinator は「先延ばしにする人」で、良くない意味として使われます。主に「やりたくないので」先延ばしにしているというニュアンスです。宿題や領収書の整理を先延ばしにしているような場合にぴったりです。

lollygagger

"lollygag" というのは「(なにもしないで)のらくらする」という意味の動詞です(男女の間で使うと「イチャイチャする」という意味にもなるようです)。ですので lollygagger は「のらくらしている人」ですが、上の procrastinator が何かを先延ばしにしているのに対して、この場合は単にのらくらしているだけですね。

slow-poke

これは主にアメリカやカナダの口語で使われる表現で「のろま、時代遅れ、飲み込みが悪い人」という意味のようです。まあ悪口ですね。 slowpoke とも書かれます。形容詞として使われるときには「もどかしい、まだるこしい」という意味になるようです。

waffler

これは waffle という動詞から来ているのですが、これは食べ物の「ワッフル」とも綴 りが同じです(でも語源は違ってたまたま同じになったようです)。この場合の waffle は「曖昧なことを言う、煮え切らない態度をとる」といった意味です(イギリスでは「無駄口をたたく、内容のないことを書く」といった意味も入ってくるようです)。

このため wafflerの意味は「煮え切らない態度を取る人」であったり「無駄口をたたく人」といったものになります。

last-minute decision maker

これは一単語ではなく、複数の単語が結びついたものですが、直訳すると「最後の1分で決断をする人」です。つまり「最後のギリギリまで決断しない人」という意味ですね。