酔眼漂流読書日記

本と音楽と酒場と言葉

神様のカルテ

神様のカルテ

神様のカルテ

乱暴にまとめてしまえば「地方病院に勤務する内科医の眼を通して、ひとの生き死にを見つめた作品」ということになるのだと思いますが、なんといっても主人公の悩み方がとても「凡人」らしくて好感を持ちました。ありがちな病院と企業とお役所を巻き込んだ大スキャンダルが起きるわけではなく、大学病院のシステムが一方的に告発されるわけでもなく、ただ患者、医者、看護士、そして家族たちの様子が優しい筆致で描かれていきます。
難点をあえて挙げるとすれば「悪人」がいないことですが(笑)、私たちの実生活を振り返っても分かりやすい悪人などはいないのですからそれだけしっかりとしたリアリティをもった小説ということになるでしょう。「病むということは、孤独なこと」文中に現れるこの表現が、医師でもある作者の実感を伴っているような気がしました。

しかし、書き様が派手ではないとはいえ、少しずつ積み上げられていくエピソードの力によって、大変に胸を打つ物語になっていると思います。
ネタバレになるので詳細は書きませんが、これが最初の作品とは思えない優れた構成になっているとも思います。

なお学生時代に夏目漱石草枕を読み過ぎて、言い回しが独特になってしまったという設定の主人公の一人称の文体は、好みが分かれるところかもしれません(笑)。

(追記)Amazon のレビューを見ると、「内容が薄い」という理由で☆一つのひともかなり多く見受けられました。上に書いたように確かに内容は淡々としていて(刺激の強いものを求められる現代の作品としては)「薄味」なのですが、しっかりとした「出汁」の効いた作品だとは思います。ゆっくりと味わうことをお勧めします。