酔眼漂流読書日記

本と音楽と酒場と言葉

エミリ・ディキンスン家のネズミ

エミリ・ディキンスン家のネズミ

エミリ・ディキンスン家のネズミ

この風変わりなタイトルの本を手にしたのは、ほんの偶然によってのことです。青年漫画誌の「スーパージャンプ」に連載されている「バーテンダー」という漫画の中に、この本からの引用が出ていたからでした。

Bartender 16 (ジャンプコミックスDX)

Bartender 16 (ジャンプコミックスDX)

エミリ・ディキンスンというのは、19世紀に生きた米国の詩人の名前です。恥ずかしながら私はこの詩人のことを、上記のコミックの中に引用された詩を読む迄は全く知りませんでした。本書「エミリ・ディキンスン家のネズミ」は詩集ではなく、エミリ・ディキンスンの住む家(彼女がその生涯の大部分を過ごしたアムハーストの生家)に居候を始めたネズミの目を通して、この一風変わった詩人とネズミとの詩を介した交流を描くというおとぎ話のような本なのです。少し調べてみると、生前エミリ・ディキンスンはわずか10篇ほどの詩だけを発表した全く無名な詩人にすぎず、その死後2000篇近くの詩が発見され米国では有名になった詩人のようです。
本書のような、本が書かれるのもエミリ・ディキンスンがいかに米国人の間で親しまれているかを表しているのだと思います。他にも絵本として

エミリー

エミリー

といったものも出版されていて、こちらは小さな女の子からみた謎の女性としてエミリ・ディキンスンが描かれています。
その詩は独特の表記(英語の正書法とはズレていて、恣意的な大文字などや斜線などが用いられていた)を持ち、それゆえに当初は編集者によって「校正」された形で出版されていたようです。しかし、後にそれでは詩人の心を伝えていないということになったのでしょうか、より原文にちかい表記の詩集も刊行されたようです。しかしながら、そもそもの原稿が手書きで、その書き味も再現しないと本当の心を伝えたことにはならないという議論もあるようですね。

さてその詩そのものですが、私がそもそも本書を手にとることになったきっかけの詩(コミックに引用されていたもの)を、更にここに引用しておきましょう。

一つの心が壊れるのをとめられるなら
わたしの人生だって無駄ではないだろう
一つのいのちの痛みを癒せるなら
一つの苦しみを静められるなら
 
一羽の弱ったコマツグミを
もう一度、巣に戻してやれるなら
わたしの人生だって無駄ではないだろう

誰しもが一度は思う、控えめでささやかな願いの伝わって来るような詩ですが、この詩を眺めているうちに、やはり原文を読んでみたくなりました。
そこで、本書の原書である "The Mouse of Amherst" (アムハーストのネズミ)を入手してみました。以下その引用です

If I can stop one Heart from breaking
I shall not live in vain
If I can ease one Life the Aching
Or cool one Pain
 
Or help one fainting Robin
Unto his Nest again
I shall not live in Vain.

やはり英詩の翻訳は難しいですね。先にあげた翻訳は、意味を素直に伝えてはくれますが、原詩の持っているリズムや脚韻などは伝えてくれません。まあ言葉が違うかた仕方がないのですが、原文の

…ing
…ain
…ing
…ain
 
…bin
…ain
…ain.

という響きの面白さは隠されています。こうしたものは是非声に出して音読してみたいものですね。